東京高等裁判所 昭和58年(ネ)434号・昭57年(ネ)2603号 判決
しかしながら、前記認定の事実に、原審及び当審における≪証拠≫を総合すると、控訴人、被控訴人は双方とも既に相手方に対する愛情を全く失っており、婚姻関係を継続する意思を有していないが、離婚に伴う慰藉料の問題について争いがあるため協議離婚が成立しないものであって、その婚姻関係は既に破綻を来たし、とうていこれを継続し難い状態にあることが明らかである。そして、前記認定のとおり、その原因がキリスト教と日蓮正宗という信仰上の問題からの対立に発していることからすれば、控訴人と被控訴人のいずれの側にその主たる責任があるともいい難く、このような場合には、いずれの側からの離婚請求も許されると解するのが相当である。したがって、被控訴人の本訴請求及び控訴人の反訴請求中、相手方との離婚を求める部分はいずれも理由がある。
そこで、双方の慰藉料請求の点について判断するに、前記認定の一連の経過中における控訴人の被控訴人に対する行動ないし態度中には、控訴人の被控訴人に対する不法行為を構成するとまで目すべき事実は見当らず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、被控訴人の反訴請求中、慰藉料の支払いを求める部分は理由がない。
次に原審及び当審における≪証拠≫によれば、控訴人の宗教心は極めて強く、控訴人は、元来特別の信仰を持たない者とならともかく、キリスト教以外の特定の宗教の信者とは結婚する意思を有してはいなかったところ、交際及びこれに続く婚約の期間中、被控訴人から創価学会の会員であることを打ち明けられることもなかったので、控訴人は被控訴人が特定の宗教の信者ではないと信じて被控訴人との結婚に踏み切ったものであることが認められる。しかるに、被控訴人は、控訴人と知り合う以前から創価学会の会員であったにも拘らず、控訴人がキリスト教の信者であることから、これを打ち明ければ、控訴人との結婚が不可能となることを恐れ、控訴人との交際及びこれに続く婚約の期間を通してことさらに特定の宗教を信仰していない風を装ったことは前記認定のとおりである。そして、創価学会の会員としての信仰は信者の単なる内心に止まらず、さまざまな宗教的活動の形をとって現われることは公知の事実であり、そうだとすれば、創価学会の会員と他の特定の宗教の信者との婚姻生活は、相互に互いの信仰についての深い理解がなければ、これを継続することが極めて困難であることは見易い道理である。それゆえ、被控訴人は控訴人に対し結婚前に自らの信仰を率直に打ち明け、互いの信仰について理解を深めるように努めるべきであったのであり、被控訴人がこれを怠ったことが控訴人を継続することの極めて困難な婚姻関係に引き入れ、その結果、継続困難な破綻状態に陥れる破目となったことは前記認定の事実に徴して明らかである。してみれば、被控訴人は控訴人に対し右の点との関係で離婚に伴い控訴人が被った精神的損害を賠償して慰藉すべきところ、原審及び当審における≪証拠≫によれば、控訴人は大学を卒業後、資格を取ってキリスト教系の幼稚園で保母として働き自立していたが、結婚に際し職を離れ、被控訴人との家庭生活に入ったこと、しかし、被控訴人と別居後は再び自立を余儀なくされ、結婚前とは別の幼稚園で働いているが、その収入は一か月金七万円ほどであること、一方、被控訴人はその勤務先の会社の経理部長の職にあり、年間およそ金一〇〇〇万円の収入を得ていることが認められ、これに前記認定の事実並びに本件離婚それ自体によって被るとみられる控訴人の有形・無形の打撃を合せ考えれば、右慰藉料は金一〇〇万円とするのが相当である。
(岡垣 磯部 大塚)